最近、MMMという言葉をよく耳にします。と言っても広告業界での話ですが。Marketing Mix Modeling(MMM)は2000年から2010年頃に企業のマーケティング・ミックスを最適化する手法として盛んに活用されてきました[1]。その後、マーケティングがデジタル化されるとともに、あまり聞かれることがなくなっていました。
MMMリバイバル
先日、博報堂DYグループがMMMのハンドブックを公開した、というニュースが飛び込んできました[2]。Google Japanとの協働プロジェクトのようです。さらに調べると、Google Japanは電通グループともMMMハンドブックを出しているようです[3]。タイトルには「再注目」との文字も。このThink with Googleの記事の冒頭には、MMMの再評価の背景として、個人情報保護強化の機運、サードパーティーCookieの廃止などが挙げられています。どうやら、MMMはマスメディアだけでなくデジタルメディアの効果分析にも有益であると期待されているようです。
同様の認識は、GoogleだけでなくMetaも持っているようです[4]。こちらはニールセンも加わっての活動のようです。ご存じの方も多いと思いますが、ニールセンはPOSデータやメディアデータを収集販売している調査会社であり、また(おそらく)世界最大のMMMサプライヤーです。日本で同様なデータを有している企業としては、インテージが挙げられます[5]。ちなみに、MMMの分析ツールを提供している会社としてはサイカが挙げられます[6]。ただ、最近ではMetaが分析ツールを無料公開するなど[7]、ツールだけでは優位性がなかなか出せない時代となってきました。今後はデータの質と分析者の理解力が重要になってくると言えるでしょう。
データがつながらない時代(つながっていた時代)
デジタルマーケティングの普及とともに、マーケティングに活用できるデータの量は格段に増えました。またデータを活用するためのインフラの普及も進みました。その一つがDMP (Data Management Platform)です。昨今では、CDP (Customer Data Platform)というのも流行っていますが、ここでは「顧客&マーケティングデータを集めて統合するインフラ」という意味で同一視しておきます。
DMP/CDPの中では、データは何かしらのIDで統合されていきます。自社内の顧客であれば顧客IDですし、Google Analyticsなどのアクセス解析にもIDがあります。広告の場合は、自社サイトの外にありますからサードパーティーCookieなどを用いたIDを使います。そうして、各種IDを数珠繋ぎにすることで、顧客を集客段階からロイヤル化まで一気通貫に追いかけていきます。すべてがつながっていますから、広告が獲得にどのように寄与したか、といった因果関係も直接的に見ることができます。
しかし、昨今の個人情報保護強化のムーブメントの中、サードパーティーCookieなど第三者へのデータ提供に制限が掛かるようになってきました。そうなると、最も投資額が大きい集客(≒広告)の部分のデータの紐づけができなくなります。すなわち、DMP/CDPで今までやってきたようなデータ統合の方法では、因果関係を見ることができない、ということになります。
「時間」が全てを統合する
IDでデータ統合ができないのであれば、何を使ってデータ統合をするのか?答えは「時間」です。より正確には、月や週や日のことですが、これら時間は大抵のデータには備わっています。それゆえ、時間軸に沿ってデータを並べていけば、物事の因果関係が見えてくる、というわけです。データ分析の世界では、時系列分析と言われている分野です。
MMMは、少し正確に言うならば、時系列分析の一種で、マーケティングに関するデータに特化した手法の総称と言えます。この時間軸にデータを並べる、というアイデアは非常に強力で、IDなどなくても「データベースにデータを格納するときに、計測した時間情報も必ず入れる」というシンプルな作業でデータセットを作ることができます。個人情報が無くても、サードパーティーCookieが使えなくなっても、時間を使う限り問題はないのです。これこそが、MMMの再評価の所以です。
なお、MMMの手法の詳細については、先に紹介した博報堂DYグループや電通グループが公開したハンドブックをご覧になるとよいでしょう[3]。また英語版ですが、Metaもモデル構築をステップバイステップで紹介しています[7]。
MMMで重要となる「エリア」
さて、「時間」がデータ統合のカギとなることはご理解いただいたと思いますが、今度はMMMのデータ分析で注意しなければならないデータについて言及しておきます。それは「エリア」です。データを個人個人で紐づけないので、広告を出稿した場所と例えば顧客の住所はそろえておかなければならない、ということになります。デジタル広告の場合、「全国」になるかもしれませんが、可能であればエリア毎の出稿量は把握したいものです。
というのは、MMMの場合、個人レベルのデータではなく、集計レベルのデータを用いるのが一般的なので、データポイントを増やすためには、全国一括よりエリアごとにデータを集計した方が有利です。また全国にデータを集計してしまうと、人口の小さい地方の情報が埋もれてしまう恐れもあります[3]。ちなみに、マスメディアの場合、テレビ番組がどのエリアで放送されているか、全国紙はどこのエリアまでカバーされているか、など、エリアの情報を別途データ化しておく必要がある場合もあります。
MMMとEC
ようやく本題のMMMとECの話です。MMMはECととても相性が良く、今後ぜひとも活用したい分析手法です。ECがMMMと相性が良いのは、広告の作り方にその理由があります。ECの広告の多くは、レスポンス型広告です。(ダイレクトレスポンス広告とも言う。)商品のメリットを端的に示して「今すぐアクション」を促します。検索連動型広告やバナー広告はクリックを促しますが、テレビ広告では「今すぐ検索」といったアクション直結型の訴求を通じて行動を促します。
このようなレスポンス型広告は、即効性がある代わりに蓄積効果はあまり期待できません。MMMでは広告の蓄積をアドストックという量で取り扱うことが多くありますが、ECのモデリングの場合は広告の残存率が非常に低く、またアドストックに対する反応関数はほとんど不要(それだけ反応がシンプル)です。そのためモデリングの手間がとても少なく、PDCAの際にもMMMの分析結果を簡単に使えます。
またECの場合は、レスポンス後の受け皿が一つに限られることもモデルをシンプルにすることに寄与しています。例えばスーパーやホームセンターなどで扱われているパッケージグッズの場合は、配荷率の高低で広告の効果が変わってきますし、棚に並んでいる競合商品の影響も少なからず受けてしまいます。
このようにECに関するMMMの多くはとてもシンプルなモデルになります。もちろん、分析パワーは変わりません。それなら使わない手はないでしょ。
(了)
参考資料
[1] Cook, William A., and Vijay S. Talluri. “How the pursuit of ROMI is changing marketing management.” Journal of Advertising Research 44.3 (2004): 244-254. DOI: https://doi.org/10.1017/S0021849904040322
[2] 博報堂DYグループがMMMを実践活用する方法のガイドブック公開、Google Japanと協働 | Web担当者Forum (impress.co.jp)
[3] マーケティング投資対効果の把握で再注目の MMM、正しく使うには? (thinkwithgoogle.com)
[4] 正確なマーケティング・ミックス・モデリング(MMM)の分析結果を得るための要件|ニールセン (nielsen.com)
[5] データドリブンにマーケティング施策を最適化する『マーケティングミックスモデリング』~課題解決!データサイエンス – 知るギャラリー by INTAGE
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