「日本の広告費」は電通が毎年発表する日本の広告統計の一つです。今年75周年を迎え、日本の広告の歴史を知る上でも貴重なデータとなっています。この「日本の広告費」は電通のウェブサイトでも約10年分が掲載されており、無料で閲覧することができます。

ブランド認知は今でも重要なのか?

広告がどのように機能するかを説明するために、AIDMA(アイドマ)という認知モデルが古くから使われてきています。AIDMAは、Attention(注意)、Interest(関心)、Desire(欲求)、Memory(記憶)、Action(行動)の頭文字をとったもので、商品・ブランドを「記憶」してもらうことを前提としています。なぜ覚えてもらわないといけないか、というと、それは商品・ブランドは店頭に並べてあるものであって、テレビや新聞などの広告に接触した場所と離れているからです。広告を見てすぐに買えるものであれば、それほど長く記憶しておいてもらう必要がありませんが、ECもなかった時代にはほとんどの商品について「覚えてもらう」ことこそ店頭で商品・ブランドを手に取ってもらう近道だったのです。

商品を販売する店舗側にも変化が生じています。流通企業は寡占化が進んでいます。それに伴い、商品のプライベートブランド(PB)化が進んでいます。全国スーパーマーケット協会の調べによると、PBを扱っているスーパーの割合は76.5%に達するとのこと[1]。ただし売上高ベースでは10%前後とみられるそうですが、セブンイレブンでは食品の25%はPBだそうです[2]。

PBが増えるにつれ、基本的な機能の商品については価格的に有利なPB商品が店頭の棚を埋めていくことになります。そうなるとブランドを「覚えてもらって店頭で手に取ってもらう」というAIDMAの根本戦略が揺らいでいきます。実際のところはどうでしょうか?

食品業界の広告費 2008~2021

このグラフは日本の広告費の「食品」業界の推移です。全体では下降傾向が見て取れます。日本の人口は2008年がピークでしたからこの広告費の減少はその影響があるかもしれません。ちなみに、広告費は、2018年はその10年前の2008年と比べると88.4%となっており、明らかに人口減よりも早いスピードで減っていることが分かります。このようなことから、PB化が進む業界では、機能・デザインに特徴がない商品については「覚えてもらう」広告の意味が薄れていくことが予想されます。

サービス化は広告のダイレクトレスポンス化を促すのか?

日本の経済ではサービス化が進んでいます。GDPにおいてもサービス産業が7割を占めます[3]。しかし、日本の広告費を見ると、製造業とサービス業の広告費の割合は、ほぼ半々です。広告は伝統的に「メーカー」の方が活発に行われる傾向がありました。「覚えてもらって店頭で手に取る」という広告活用のシナリオが、メーカーには都合がよかったのです。しかし、インターネットの普及で状況が少しずつ変わり始めているようです。

以前は、例えば不動産業は地元密着が良いとされてきました。しかし今ではアプリで物件検索することが当たり前になってきました。塾も以前は地元、昨今はネット配信が人気に。ゲームもオンライン化が進みます。また、これらのサービスを支える通信インフラの重要性も増します。以下は、日本の広告費の製造業・サービス業の合計です。

製造業・サービス業の広告費2008~2021

製造業の広告費が緩やかに低下する傾向があるのに対して、サービス業の広告費はリーマンショック後、しばらく横ばいを続けます。コロナ禍の際には、外食や旅行など多くのサービス企業が打撃を受けたため製造業より落ち込みは大きかったようですが、回復も早いようです。21年にはなんと製造業をサービス業が追い越す結果となりました。

サービスの広告は、AIDMAとは少し論理が異なります。「覚える」部分の比重が小さいのです。もちろん「覚えてもらう」に越したことはありませんが、サービス業の多くは自社のサイトや店舗を持っているため、「気になったらすぐ来てください」と伝えることが広告の主な目的になるのです。そのため、広告の内容も「今」に関するものが多くなります。オンラインゲームの「コラボ実施中」、家庭教師の「夏の無料トライアル実施中」、ECサイトの「セール実施中」などなど、消費者に今すぐアクセスするように促すメッセージが多いことが分かります。

これら、「すぐアクション」という構造は、クリックで情報にアクセスできるネット広告ではおなじみな手法ですが、マスメディアでも電話や検索などを通じてすぐに反応が得られる点でほぼ同じとみなすことができます。実際テレビ広告をOAした直後に電話やアクセスが集中しますし、その数で効率管理をします。

このようにサービス業の広告はダイレクトレスポンス型の広告が多く、今後産業のサービス化が進めば、マス媒体でもさらにダイレクトレスポンス広告増えると予想されいます。

広告の目的は、認知?アクション?

産業のサービス化、広告のデジタル化によって、「今すぐアクション」というタイプの広告が増えたのはどうやら事実のようです。今後のプランニングには、ダイレクトレスポンス型広告も強く意識していく必要があることは間違いありません。

一方で、ブランディングが重要だということも今後も言えそうです。先ほどPBの話をしましたが、PBの中には流通ブランドとメーカーブランドの両方がパッケージに印刷されていることもしばしばあります。特にコンビニのPBにそのような傾向があるような気がしますが、これはPBにとっても品質の「シグナル」は必要だということを意味していると思われます。品質の証として、メーカーのブランドのチカラを借りる、というロジックです。

ブランドのチカラを強くするという意味で広告を使うことを考えるならば、メーカーとしては商品の告知ではなく、ブランドの価値を示すような広告が必要かもしれません。機能性よりもどちらかというと安心安全、品質への信頼といったことが記憶に残るような広告が、PB化がさらに進んだときにメーカーの存在を示す方策になりうるのではないでしょうか。

(了)

参考資料

[1] 食品スーパーの76%がPB販売 物価高うけ導入最多に – 日本経済新聞 (nikkei.com)

[2] グループ食品戦略 – セブン&アイ・ホールディングス [3] 「サービス生産性レポート」を公表しました (METI/経済産業省)

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