前回は、GPSやビーコンを用いて得られる位置情報のデータについて解説しました。これらのデータは主に消費者の行動を把握するためのデータでした。マーケティングでは、消費者だけでは商売は完結しません。商品についても「場所」を把握してこそ、初めてマーケティング施策が成立します。今回は、この「商品」の「場所」を把握する考え方、データについて見ていきたいと思います。
商品の場所取りの階層構造とデータの限界
自社の商品を売ってもらう場所を確保する、というのは案外難しい作業です。メーカーの立場から見ると、まずチェーン店と商談を行い、仕入れの条件を決め、納品し、それらが店舗に送られ、棚に並べられる、という長いプロセスを経て初めて自社の商品が消費者の目の前に置かれる、ということになります。しかもメーカー側からは納品後のプロセスは見えないことがほとんどなので、本当に棚に自社の商品が並んでいるかは100%確信が持てません。できることなら客観的なデータで把握したいところです。
メーカーは直接商談を行っている流通については、どのチェーン店と取引があるかは把握が可能です。商談が成立したチェーン店の棚にはおそらく商品が並ぶはずだ、と推測することは可能です。そこで、主なチェーン店については、どれくらいカバーしているか(配荷しているか)を把握することは可能です。しかし仲卸に任せている小売については、仕入れがされているかどうかも把握は難しくなります。
自前のデータでは、商品の売り場状況の把握はここで限界が来てしまいますが、インテージなどの小売店舗パネルデータを用いると、もう少し先の「販売店率」が把握できます。これは配荷率、すなわちエリアの中の店舗の何%が商品を仕入れてくれているか、に近いデータです。配荷率との違いは、配荷率は「仕入れた」商品についてのデータで、販売店率は「売れた」商品のデータであることです。すなわち「仕入れたけど売れなかった」商品については販売店率ではカウントされない、ということになります。
とは言え、商品が置いていなければ売れないことからすると、販売店率はとても有益です。どのエリアでどの業態で自社の商品がどれくらいのカバレッジがあるかを知る貴重な情報となります。しかもSKU単位でこれらを把握できますから、「ラインナップ」でどれくらい市場をカバーしているかを把握できます。(詳しくは[1]など参考に)
消費者の買う気を左右する棚、しかしデータはほとんど存在せず
消費者の立場からすると、自分たちにとって重要なのは、目の前の「棚」に自分の欲しい商品があるかないか、です。手に取りやすい位置に商品があれば手が伸びますが、探しても探しても見当たらない場合は購入をあきらめることもしばしばです。実際、棚における商品のレイアウトはとても重要で、実務の世界でも学術研究の世界でも最適な棚割りの方法を求めて、様々な工夫がなされています。
例えば、定番棚の上部・中間部・下部をどのように使うかについても、以下のような棲み分けを行ったりします([2]など)。
- 上部の棚:遠くから目立つという意味で視認性が高い。ゆえにカテゴリーを「訴求したい」商品アイテムを並べる。
- 目の前、中間部の棚:手に取りやすい、という特性を活かし、最も売りたい商品を並べる。ゴールデンライン。
- 下部の棚:大きなもの、数を置けることから、量を売りたい商品・大型のサイズの商品を並べる。
さらに、ゴールデンラインの使い方も目的によっていろいろな使い方があります。例えば、ゴールデンラインの中心に「育成商品」を配し、両脇を関連商品で固める、といった抱き合わせ購入を促す、といった具合です。
では、自社の商品は、棚にどのように並べられているのでしょうか?実は棚の状態を網羅的に把握できるデータというのはほぼ存在しない、というのが現実です。もちろん、流通企業側はある程度把握はしていますが、現時点ではメーカーにデータが供給されているケースはほぼないと言っていいでしょう。
ちなみに、棚レベルでの商品の状況把握については、欠品防止のコンテクストで自動化・リアルタイム化が進むとみられています。例えば、NECは棚状況の定点観測システムを提供しています。これにより欠品を早期に発見し、品出しのオペレーションの効率化を図ることができる、としています。今は商品管理用のデータですが、今後は棚割りの最適化などに活用されるのではないかと思われます。
データがない棚状況、どうやって最適化すべきか?
データが無いのに、どうやって売り場の最適化をするのか?メーカーにとっては打ち手が無いように思えてしまいます。しかしそれは違います。先に述べた通り、棚の使い方は一つではなく、棚の物理的特性を活用し、「どのように売りたいか」に応じて商品の陳列を決める、というのが実務の常識です。ということは、重要なのはデータではなく、むしろ「どう売るべきか?」のアイデアの方です。
ここでのアイデアは、メーカーの独りよがりであってはいけません。棚はあくまで店舗のもの。店舗が棚全体を使ってどのように売上を最大化するか、という課題に対応したアイデアです。先のケースでは、真ん中の「育成商品」の周りに関連商品が陳列される方法です。この真ん中に自社商品が来た時に、「周りは何が来るべきか」まで考えてこそ、初めて店舗に受け入れられるアイデアとなるわけです。この辺りの議論は拙書もご覧ください。
さて、アイデアを生み出すためには、やはり何かしらのデータが必要です。幸いアイデアを生み出すためのデータは実際の店舗のデータである必要はありません。むしろ新しいアイデアを生み出すためには、実験データの方が有効なことも多くあります。
実は棚に関する実験方法・実験データについては、過去から様々なものがあります。かつては実験的に設定した棚(モックアップと呼ぶ)の前でインタビューをしていましたが、最近ではアイトラッキングなどでより客観的データを用いることも多くあります。
また、実験する対象は、商品の配置だけでなく、パッケージデザインや、最近では電子棚札や小型サイネージのついたスマートシェルフの効果分析もあります([4]など)。設置する実験用商品棚を設置する手間を省き、VRで実験を行うことも可能になりました[5]。自社の商品が棚の前で消費者にどのようにみられているか、こういった実験を繰り返すことで知識を深めることは可能です。
棚施策の効果検証は個店で、成功パターンは横展開
アイデアを提案し採用されたら、次に必要なのは効果検証です。棚は個店に属するため、効果検証は個店ごとに行う必要が出てきます。ということは現実的な実施方法は、数店舗でテスト、その後横展開、という流れになります。自ら提案した棚づくりが横展開されているのですから、どの時期にどのような棚状況なのかデータ化が可能です。こうすることで、市場全体で棚施策がどのような効果があったかが判断できる、ということになります。
ちなみに、自ら仕掛けていない場合の棚状況ですが、棚の状況はチェーン店や個店で異なりますから、市場レベルでの集計では「棚がいつもより多く取れているところもあれば、少ないところもある」とみなし、押しなべて見ると「いつもの状態」として集計軸からは外すのが通常です。市場レベルのデータと、個店レベルのデータがお互いにどの程度影響しているのかを見極めることも、データ分析の際には重要な判断となります。各店舗の棚の状況データは、市場全体からすると影響度が小さいため、大きな視点ではいったん無視(除外)しても良いことが通常ではありますが、売上の底上げという観点からは棚施策は重要な施策と言えます。
参考資料
[1] 売上を決定づける「棚」の確保 商品が並ばないと始まらない:日経クロストレンド (nikkei.com)
[2] 効果的な商品陳列テクニック4選 陳列の重要性や見直しのコツも紹介 | ツギノジダイ (asahi.com)
[3] 棚定点観測サービス: 流通業(小売業・外食業)・サービス業 | NEC
[4] 杉山悠司, 刀根亮太, 今村修一郎, & 矢谷浩司. (2019). 商品棚前における非計画購買者の行動特徴量の検討. 研究報告ユビキタスコンピューティングシステム (UBI), 2019(10), 1-8. IPSJUBI-201906.pdf (iis-lab.org)
[5] 「棚のどこを見ているか」をVRで調査 ユニ・チャームが新商品開発に活用:日経クロストレンド (nikkei.com)
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