「広告は効いているのか?」とは、ずいぶん大きなテーマを掲げてしまいました。しかし、広告に携わる人間としては避けて通れないテーマでもあります。逃げ回るのではなく、少しずつでもいいから、ぐちゃぐちゃな課題を解きほぐす努力をする方が建設的かと思い、筆を執りました(いや、PCに向かいました)。
既存の理論が通用しなくなった現代の広告環境
誰もが実感していると思いますが、広告には一定の効果があります。知らないブランドとの出会いのきっかけになったり、バーゲンセールの日時を知ったりします。ただ、費用を出している広告主側からすると、その広告は効率的かどうか常に疑問を抱きます。
広告効果分析に携わったことのある人なら一度は耳にしたことのあるジョン・ワナメーカーの名言、「私が広告に費やしたカネの半分は、無駄に終わっている。問題なのは、どちらの半分なのかがわからないことだ」というのは、まさにこうした広告主のイライラ・モヤモヤを表している言葉だと思います。ちなみに、今年2022年はワナメーカー没後100年だったそうです[1]。100年も前から課題は同じとは・・・
この100年の間、広告研究者は別にさぼっていたわけではありません。ずっと努力を続け、広告の効果のメカニズムをモデル化し、広告効果を推定する手法を開発してきました。1990年代から2000年代にかけては、それらの知見はほぼ完成され体系化され、メディアプランニングの手法やクリエーティブ開発の手法として実務に応用されていきました。これらの成果については、参考文献の[2][3][4][5][6]などに詳細に議論されています。
むしろ、今、広告効果に対してモヤモヤ感があるのは、この10年に起きているデジタル化や、企業の社会的役割の期待への変化など、広告の周辺環境の変化に起因しているように感じられます。いわば、これまで築いてきた広告効果論の前提を揺るがす変化が、モヤモヤの原因と思われます。
既存理論を揺るがす広告の環境変化を、ざっくり理解する
広告研究で最も影響力のある学会誌の一つであるJournal of Advertisingがちょうど50周年を迎えたそうです。その記念号には広告の未来に関しての論文が多く寄せられています。記念号の巻頭には、広告を取り巻く“変化”についての解説が載っています[7]。
まず、2000年代ごろまでの広告及び広告研究は、テレビ、新聞、雑誌、ラジオのマスメディアを前提としているという認識からスタートします。メディアフォーマットが決まっているため、そこで展開される広告コンテンツも、期待される効果も自ずとパターンが決まってきます。これらを体系化したものが、先ほど挙げた文献(例えば、[3])になります。
しかし、現代のメディアの状況は大きく異なります。広告費ベースでは最も大きいメディアはインターネット。明らかに考え方を改めなければならないところですが、ではこの大きな変化をどのようにとらえるか、がなかなか難しいところです。Huh & Faberは前述の巻頭解説[7]で、以下の3つの視点を挙げています。
- 技術的進歩
データ基点の広告の自動化技術、機械学習・AIによる最適化など
- コミュニケーション及びメディア産業の変化
ユーザーがコンテンツを作り、シェアするSNS型のメディアの台頭、など
- 広告の社会的、文化的役割の変化
企業の社会的意義の変化、ジェンダーに対する社会の受け止め方の変化、など
これらの変化は、なぜ広告効果をわかりにくくするのか?
では、これらの変化はどうして広告効果の把握を邪魔するのか、考えてみましょう。
まず、「技術的進歩」ですが、インターネットの台頭によって、良くも悪くも消費者の行動データが収集・蓄積できるようになり、広告もデータを見ながら最適化が行えるようになりました。データを活用すれば、望みどおりにターゲティングも可能です。昨今では、人間によるマニュアル設定より、自動設定の方が良いパフォーマンスを出すことが日常的に起きています。技術進歩は、広告の効果を最大化している、と考えてもよいようにも思えます。
しかし、モヤモヤは残ります。AIは広告を最適化してくれているはずなのですが、その最適というのはどうゆう状況なのか、広告主にはよく見えません。AIの中身はブラックボックスで、自分のブランドがどのような状況かを把握するのはかなり難しいと言えます。
例えば、Meta社の広告はFacebookとInstagramへの露出を同時に最適化してくれるのですが、そのため、広告の目的の設定を変えると掲出面が激変するということも発生します。FacebookとInstagramでの露出比率も大きく変わりますし、PCとスマートフォンでの露出量も変化します。「変化」というより「ほぼどちらかに寄る」ということもしばしばです。
掲載レポートを見ると、確かに目的に応じてCPMやCPAが最適化されているような気はします。ただ人間の直感としては、露出面が一方的に偏った時に、果たしてそれは自社のブランドにとって良いことなのか、疑問が残ります。テレビ広告のように販促効果と認知効果が同時に得られるような感覚はあまりありません。
「産業の変化」も、広告の効果の実感を薄めます。Googleの検索エンジンは消費者の作ったウェブサイトやブログを多く抱え、MetaのFacebook/Instagramで流通しているコンテンツも多くは消費者が作り出したものです。今や情報流通の主流はこういった消費者生成・共有型(user-generated / user-shared contents)のプラットフォームにシフトしていると言えます。
広告もこれらのプラットフォームを活用することになります。ただ、今や主要媒体になったとはいえ、テレビや新聞のような安定したメディアの信頼感は感じられません。プラットフォームの性質上、悪意を持った人々によるコンテンツを完全に排除することは難しく、広告主を不安にさせます。
また広告が掲載される(掲載位置が近接する)コンテンツも多種多様で、どのように広告が同載されているかを検証することもほぼできません。ブランドは適切に露出されているか?不安が残ります。
これらの媒体で広告をしたとき自分のブランドのメッセージがどこまで届くかはとても不透明です。テレビ番組であれば視聴率があり、世の中のどれくらいの人が広告を見るか実感が湧きますが、検索エンジンやSNSの場合、確かに「露出最大化」とすれば最適化されているとは思うものの、「世の中のブランドの潜在顧客が本当にそれだけなのか?」という疑問は完全に払しょくされません。かつてテレビはほとんどの人が利用していましたが、SNSは「ほとんどの人」とはいきません。一つのプラットフォームで到達できる消費者には限りがある、と直感的に感じます。
デジタル化された広告市場の複雑さはこれらにとどまりません。SNSもいろいろな種類がありますし、検索方法も今やGoogleだけでなくTwitterやTikTokの検索機能を活用する若者も多くいます(例えば、[8])。検索マーケティング一つとっても対策はGoogleだけでよいのか不安が残ります。さらには、ユーザーが日常目にするSNSコンテンツのフォーマットは、YouTubeやTikTokなどの動画にも広がっています。
テレビや映画コンテンツを配信する、Netflixなどの動画プラットフォームの台頭も無視できません。ケーブルテレビに代わり、テレビ受像器の画面をシェアするようになってきました。わが国のCTV(Connected TV)の比率は30%、CTV経由のネット動画コンテンツ視聴時間もテレビ受像機の利用時間の3割を超えます[9]。デジタル媒体は、混とんとしています。
「社会環境の変化」は、広告のメッセージの在り方を大きく揺るがしています。消費者は、企業は社会的責任を果たすべきだ、と考えるようになってきました。それに応えるべく企業は自分たちが責任を果たしていることを示し、消費者の信頼を勝ち取り、ビジネスを成長させようと考えます。ただ、そのような思惑は簡単には実現されません。
残念なことに、社会・環境にやさしい商品が売れるわけではなく、多くの場合は安いものの方が良く売れます。世の中に良いことを、と思いつつも、人間だれしも自分が優先されます。社会・環境に良いものを多くの消費者に受け入れてもらうためには、ストーリーテリングがとても重要になり(研究としては例えば、[10])、AIに頼るわけにはいきません。そもそもAIは企業・ブランドの背後のストーリーを自動的に調べてはくれません。
環境が変われば、広告の定義も変わる
広告の環境が変化し、広告の使い方・使われ方も変化をします。そうなると、広告とは何か?という定義も変化してしかるべきです。
そもそも、我々は広告をどのようにとらえてきたのでしょうか?Dahlen & Rosengren (2016)[11]はデジタル時代の広告の定義を議論する中で、過去に用いられてきた広告の定義を紹介しています。例えば、1923年ころに用いられた定義は「印刷媒体を通じて商品を売ること“selling in print”」だったそうです。広告媒体が紙だけでなくテレビやラジオにも広がると以下のような定義となります。このような定義は2000年代まで一般的に用いられてきました。
「広告とは、特定されたスポンサーによる、マスメディアを通じて行われる有料の非個人のコミュニケーションであり、オーディエンスに対し説得もしくは影響を与えようとものである “paid nonpersonal communication from an identified sponsor, using mass media to persuade or influence an audience”」
しかし、昨今の広告の環境の変化からすると、不整合が多々生じていることがわかります。例えば、自社サイトでのブログ発信はオウンドメディアですからペイド(有料媒体)ではありません。スポンサーを特定するというのも、プロダクトプレースメントなど、スポンサー表示が広告と明らかに異なる手法が登場しており、今となっては違和感があります…ただしステルスマーケティングは行ってはならないというのは基本的な企業倫理であることは変わりません。
そこで、DahlenとRosengrenは、広告を次のように定義します。「ブランド起点で発生し、人々に影響を与えようとするコミュニケーション “brand-initiated communication intent on impacting people”」ここまで広くなると、コミュニケーションはなんでも広告のように感じられますが、「ブランドから発生する」というところはきっちり盛り込まれています。逆に、「ブランドから人々へ何かしらコミュニケーション」したらそれは広告ということになりそうです。
論文[11]ではこの定義の妥当性について様々な角度から検討がされおり、現代の広告活動の広さもそれらの議論から感じることができます。同時に、これだけ混とんとした広告環境の中で活動するためには、ブランドの意思というのを忘れてはならないことも痛感させられます。
効果を引き出すプランニングをするためのヒント
広告か目論見通り機能するためには、広告をどのように使うか、あらかじめ計画を立てることが重要です。「計画なら当然立てているよ!」とおっしゃると思いますが、前述の「変化に対応した」考え方を組み込んでいるかは確認したほうがよさそうです。できれば、計画の立案のプロセスそのものに、変化に対応する視点を入れておきたいものです。
残念ながら、本ブログでは、とてもすべてを語ることはできませんが…そもそも万能な解決策を私は持っていませんが…先の3つの変化に沿って3つのヒントを並べておこうと思います。
- ヒント1:テクノロジーが得意な広告課題は何かを知る
技術の進歩は歓迎すべきことです。が、先ほど述べたように、今までのマス広告に比べ切れ味が良すぎて違和感を覚えることが多々あります。これに対する対処方法は、「ではデジタル広告は何が得意か?」をあらかじめ知って、計画に盛り込むことにあります。
機械学習などの最適化技術は、通常一つの目標値に向かって全体を最適な状態に持っていきます。全体のバランスをとって、といった人間の癖はそこにはありません。それならば、デジタル広告に担ってもらう役割は、単一の指標を最大化する機能に絞るべきです。
例えば、顧客の獲得単価最大化を目的とした広告、などがそれにあたります。このような広告はマーケティングファネルの下の方(ローワーファネル、ボトムファネル)に属することが多いようです(ファネル型のマーケティングについては、例えば、[12]などが参考になります)。
目標値最大化の広告の計画立案の際には、いくつか注意しなければならないことがあります。例えば、1)目標指標の選択に間違いはないか、2)そもそもターゲットの選択には間違いはないか、3)キャンペーンに過度な時間制約を与えていないか、といったことがそれになります。3については、「広告在庫」や「機械学習に要する時間」に起因する注意事項です。
ここで特に注意したいのは、ターゲットの設定です。テレビ広告のようなマス広告であれば多少ターゲット設定が間違っていても似たようなターゲットや家族にも広告は露出されるので大きな問題にはなりません。しかし、精密なターゲティングが可能なデジタル広告では指定されたターゲット以外には広告は露出されないので、設定を間違えると大変です。例えば、テレビ広告の時代には、男性用シャンプーの広告を男性向けに出稿したとしても、同時に多くの主婦層にも露出がなされ、結果的に主婦の買い物時に夫向けのシャンプーが購入される、ということが日常的に起きていました。デジタルではそういったことはあまり期待できません。機械は言われたことを淡々とこなすことに長けている、と肝に銘じておきましょう。
- ヒント2:広告媒体だけに気を取られず、ターゲットは日常どのような生活をしているか考える
インターネットの台頭、特にSNSの普及によって、まず大きな影響を受けたメディアは新聞や雑誌のような紙の媒体です。多くの紙媒体は、安定した読者層を抱えていて、雑誌のコンテンツを通じて文化・ライフスタイルを共有していました。部数に比べ紙媒体の影響が強かったのはこのつながりの強さにあったとも言えます。
現代では紙媒体に変わり、多くのインフルエンサーが文化・ライフスタイルをリードしています。新聞社・雑誌社もある意味プロのインフルエンサーとしてSNSで活躍しています。こうして見ると、紙媒体もSNSも、ある安定した読者(コミュニティ、フォロワー)を抱えるコンテンツの塊があって、そこで文化・ライフスタイルを共有している構造は変わらないとも言えます。プラットフォームは巨大でも、その中のコミュニティーはそれほど大きいものではありません。
では、広告の計画はどのようにあるべきでしょうか?かつて雑誌の計画をする際は、ターゲットのライフスタイルを洗い出し、それにマッチした雑誌を選択していました。構造が同じなのですから、デジタルであってもターゲットの生態をまず把握する、これが第一歩だと思います。
ターゲットのことをよく知ることは、広告のみならずマーケティング活動全体でとても大切なことではあるものの、SNSの中のバズ現象が独り歩きしすぎて、コミュニティー(≒ターゲット)にアプローチすることよりバズらせる仕組みが優先されがちです。当たり前ですが、持続的なマーケティング活動を行うためには、バズにばかり頼るのはいただけません。ブランドの持続的成長は、ターゲットの文化・ライフスタイルの中に自社のブランドを定着させていくことですから、一過性のバズよりは持続的なコミュニケーションを重視すべきです。
- ヒント3:ブランドのアクション指針を戦略レベルまで戻って考える
デジタル広告で機械学習やAIが活躍するのは、単一の目標指標を最大化する場合が多くあります。しかし、企業の社会的役割を考える場合には、広告にもいろいろな役割を担います。例えば企業広告として活動を知ってもらう場合は、メッセージがどんな人にどれくらい到達するかを知らなければなりません。同時に、そのメッセージが意図したとおりに伝わっているかを確認しなければなりません。
単一指標の最大化の場合、広告在庫の中でパフォーマンスを最大化することになりますから、必ずしも企業活動の範囲をカバーしているわけではなく、メッセージの広がりを測る分母が異なります。またパフォーマンスの最大化も広告露出に対するアクション(クリックや購入)の効率が最大になるように調整されるため、こちらの言いたいことが伝わったかを見ているわけではありません。
このように考えると、パフォーマンス最適型でない広告を使う際には、企業・ブランドの活動範囲とメディアのカバー範囲が一致しているのか、注意が必要なことがわかります。巨大プラットフォーマーが登場するたびに何かそのプラットフォーマーで広告をしなければならないような気になってしまいがちですが、本来はそのプラットフォーマーが自分たちの顧客に関係があるかどうかを見極めることをまず行うべきです。デジタル媒体を組み合わせても自分たちの顧客へ十分アプローチができないようであれば、例えば商品そのものにメッセージを貼り付けてしまうといった販促施策も視野に入れなければなりません。もちろん各種広報も重要です。
メッセージが意図通り伝わるように広告を作ることも大切ですが、これは企業・ブランドの成り立ち(なぜ商品・サービスができたのか)であったり、優位性であったり(どうしてこれがあなたの役に立つのか)ということに立ち戻る必要があります。そして、顧客がそれらのメッセージを受け取りやすい媒体を選択する必要があります。
ブランドの活動範囲、伝えたいことは、すべてマーケティングの戦略レベルで規定されていることです。デジタル広告の選択に困った場合は、媒体の特性(フォーマットやユーザーの特性)がマーケティング戦略と整合性が取れているかを確認する、というのが一番だと思います…実はこれらは今までも広告計画で行われたことなのですが…。
変化が激しいときほど、基本に立ち返ることが大切
3つのヒントなどと偉そうなことを書きましたが、どれも結局は「基本に立ち返る」ということを言っているだけでした。広告という枠組みを考える前に、企業と消費者のコミュニケーションをどのように設計するか、というところにフォーカスする、というのが得策だ、ということです。
この点は、広告の新しい定義にも反映されているところです。あえて広告メディアやフォーマットを定義から切り離すことで、広告コミュニケーションの本質を際立たせています。
一方で、我々は実際に広告を作るときにはメディアやフォーマットに左右されます。定義がいくら素晴らしくても、それだけでは広告は作れません。これからやるべきことは、この新しい定義と、新しい広告メディアやフォーマットをどのように橋渡していくべきか、という広告計画の方法論なのかもしれません。このあたりの議論は、またどこかで。
参考文献
[1] オンライン広告の失敗、陥りがちな7つの罠 | Forbes JAPAN(フォーブス ジャパン)
[2] 田中 洋, 丸岡 吉人 (著), 仁科 貞文(監修)『新広告心理』電通, 1991.
[3] ジェイプ フランツェン (著), 八巻 俊雄, 丸岡 吉人, 嶋村 和恵 (訳) 『広告効果―データと理論からの再検証』 日本経済新聞出版. 1996.
[4] 嶋村 和恵 (著), 小林 太三郎(監修) 『新しい広告』電通. 1997.
[5] 仁科 貞文 (編著)『広告効果論―情報処理パラダイムからのアプローチ』電通. 2001.
[6] 仁科 貞文, 田中 洋, 丸岡 吉人『広告心理』電通. 2007
[7] Jisu Huh & Ronald J. Faber (2022) “Special Section Introduction—Reimagining Advertising Research: 50 Years and Beyond,” Journal of Advertising, 51:5, 535-538, DOI: 10.1080/00913367.2022.2115431
[8] デジタル動画 戦略で注目される、これからの「検索」:Z世代にとってTikTokは新たな検索エンジンに | DIGIDAY[日本版]
[9] “多様性”から理解するコネクテッドテレビ -生活者と広告主にとっての「テレビとデジタルの交差点」 – 知るギャラリー by INTAGE
[10] 八木田 克英, 西尾 チヅル, リデュース行動における情報提供とエコプロダクト使用経験の効果, 広告科学, 2009, 51 巻, p. 50-65,
[11] Micael Dahlen & Sara Rosengren (2016) If Advertising Won’t Die, What Will It Be? Toward a Working Definition of Advertising, Journal of Advertising, 45:3, 334-345, DOI: 10.1080/00913367.2016.1172387ˋ
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