アドテクノロジーの多くは、サードパーティークッキー(以下、3PC)を通じて収集された消費者の行動データに依拠していました。その3PCが今無くなろうとしています。Appleの標準ブラウザであるSafariは既に3PCをブロックしており、GoogleのChromeもまもなく3PCは使えなくなります。[1] EC事業者にとっては見込み客の判別が難しくなり、集客の効率低下が懸念されています。

3PCはなぜ消費者に嫌われたか?

ECにとって効率的に集客することは最重要課題の一つです。集客の効率化の一つの方法は、まんべんなく消費者に誘導を掛けるのではなく、今商品・サービスを買おうとしている購入確率の高い消費者にアプローチすることです。ECではしばしば、消費者を見込み度の高さによって分類する購入ファネルを用いてマーケティングの計画を行いますが、その最も下の(最も購入に近い)見込み層と呼ばれる消費者に重点的に広告でアプローチすることで効率アップを図ります。

購入ファネルと集客施策

リターゲティング(以下、リタゲ)は見込み層へのアプローチ手法の一つで、自社のECサイトへの来訪者に対して、サイトの外の広告枠でも当該サイトの広告を表示し、再来訪及び購入を促す広告です。

自社サイトの外でも来訪者にアプローチできる秘密は、3PCにあります。デジタル広告でターゲティングを行うためには、各ユーザーを判別する何かしらの目印が必要です。(ここでは個人情報は必ずしも必要ではありません。あくまで広告を出し分けるための目印が必要、という意味です。)自社サイトに来訪したユーザーを自社サイト外でも補足するためには、広告枠を運営している企業が発行した目印をユーザーが来訪時に張り付ければよいのです。そうすれば、自社サイト外の広告枠にそのユーザーが接触した際に、「このユーザーは来訪者だ」と広告運営企業は判別が可能で、そのサイトの広告を表示することが可能になります。この目印こそ、3PCなのです。

3PCの仕組みオーバービュー

企業の視点からは、自社サイトを訪問した、という非常に高い見込み度のユーザーにアプローチできるリタゲはとても便利に見えます。しかし、ユーザーの立場からは、時としてとても薄気味悪く感じます。一度訪問しただけなのに、そのサイトの広告が永遠に露出され続けるのは、あまりにも不自然です。しかも、怪しいサイトでなくても同じようなことが起こるわけですから、自分の行動履歴が業界全体で取引されていると疑うのも無理はありません。個人情報に該当するか否かは関係なく、多くの消費者にとっては不愉快な商習慣であることには変わりありません。3PC廃止の背景には、このような消費者のネガティブな反応があったことは忘れてはなりません。

3PC廃止後の集客はどうなるのか?

3PCが廃止されたとしても、全てのターゲティングができなくなるわけではありません。例えば、検索連動広告は、クッキーなどの行動履歴は使っていませんから、今後も利用可能です。自社サイトの商品に関連するキーワードを今検索しているユーザーは、今後も見込み客としてターゲティング可能です。

しかし、前述のリタゲに関しては、多くの場合3PCを利用しているため、今後は利用が制限されいます。すなわち、自社サイトへの来訪者、という大きな見込み客のプールへのアプローチ策をECサイトは失うことになるのです。そこで今EC事業者が急いで整備を進めているのが、来訪者に対する「継続的コンタクトの提案」です。もう少し簡単に言えば、「とりあえず会員登録をしてもらう」「とりあえずLINEのお友達にたってもらう」といった、購入客に比べると緩やかな関係性の構築です。

3PCの最大の課題は、本人の知らない間のデータのやりとりですから、本人が納得の上で今後お知らせを送ることを承諾してもらえれば問題はありません。ただ、過度な関係は迷惑でしょうから、マイルドな関係からまず始める、ということです。このような、購入前の関係構築を、マイルドCRMと呼ぶことがあります[2]。関係性を徐々に深めようとするCRM回帰は、生涯価値を最大化しようというECにとっては本道とも言えます。

脱3PCで注目高まるマイルドCRM

ターゲティングが難しくなるということは、悪いことだらけではありません。デジタル広告市場の中では、有望客ほど広告露出に関して高い値段が付く傾向がありますから、有望度が分からなければ実は露出単価は下がる傾向にあります。3PCが廃止されると広告露出されるユーザーのプロファイルが分からなくなりますから、市場全体で露出単価が下がる可能性があります。[3]もしCPMが低くなれば、リタゲのような狭いターゲットを狙うよりは、より広いターゲットに広告を露出することで、自社ECやブランドに興味ある人を探していくという方針も成立します。

3PCの廃止の影響は、リタゲにはとどまりません。データが手軽に集められないのですから、ターゲティング全般でデータ収集に課題を抱えることになります。しかし、その点については、テクノロジー企業が様々な解決策を提案しています。例えば、The Trade Deskが開発したオープンソースIDであるUnified ID 2.0[4]、Googleが提供を始めているPrivacy Sandbox[5]などが挙げられます。また、自社サイトのデータを持ち込むことで、GoogleやAmazonのデータと突合し様々な分析、マーケティングを可能にするデータクリーンルームも話題です。ただし、これらのソリューションを用いたとしても、3PCを用いたリタゲのような広範囲な追跡型の広告は難しいだろうと予想されます。もしそれを許してしまうのであれば、わざわざ3PCを廃止する必要がないからです。

まとめ

3PCがなくなることで、今まで容易に手に入ったユーザーデータの取得が困難になってきます。それに伴いEC企業の集客の効率悪化が懸念されています。しかし、リタゲに象徴されるように、脱3PCは今まで安易にデータに頼ってきたことの反省のきっかけとも言え、顧客との関係性の再構築の好機と見るべきだとも見るべきだと思います。

とは言え、デジタルマーケティングにおいてはデータは重要であり、脱3PCによる穴埋めは何かしら必要となります。次回のブログでは、データの収集・活用の主戦場であるプラットフォーマーとEC事業者の関係についてお話したいと思います。

(了)

脚注

[1] Chromeの3PC廃止予定は2024後半にずれ込む見込みですが、2024前半にはテストが開始されるようです。サードパーティーCookieをChromeユーザーの1%で廃止する実験を2024年に開始予定とGoogleが発表 – GIGAZINE

[2] SNSから始めるCRM?電通グループが目指す顧客満足を高める「マイルドCRM」とは | Transformation SHOWCASE | Powered by dentsu Japan (transformation-showcase.com)

[3] 既にiOSにおけるCPM(広告1000回表示の単価)の平均は、Androidに比べ大幅に低いという報告があります。webメディア関係者必読!iOS14のアップデートは広告収益にどう影響したの? (fourm.jp)

[4] こちらに詳しい解説がある。Unified IDは、ログイン時のユーザー情報を使うため、ログインしていない状態のユーザーには使えない、という制限がある。Unified ID 2.0がIDソリューションの業界標準となるまでの布石とは[インタビュー] – Exchangewire Japan

[5] ゼロ知識の人でもわかる!Googleが提唱するCookieレス対策「Privacy Sandbox」とは? (dac.co.jp)

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